同じ自分なのに、
振り返ると、まるで別の人のように感じることがあります。
学童期の自分。
10代の自分。
20代の自分。
30代の自分。
そして、40代になった今の自分。
考えていたことも、
大切にしていたことも、
人との距離の取り方も、
働き方も、暮らし方も変わってきました。
昔はできていたことが、今はできない。
昔は合っていた場所が、今は苦しい。
反対に、昔は分からなかったことが、今になってやっと分かる。
そうした変化を見ると、
「自分はぶれているのではないか」
「もっと一貫して生きるべきだったのではないか」
と思うことがあります。
でも今は、少し違う見方をしています。
人は、年齢だけで変わるのではありません。
置かれた環境。
出会った人。
背負っている役割。
守りたいもの。
失ったもの。
経験した痛みや安心。
それらによって、考え方も、生き方も変わっていきます。
この記事では、学童期から40代までの自分を振り返りながら、
過去を懐かしむだけではなく、
今の自分に合う暮らしへ見直すために、何を受け取り直せるのか
を考えてみたいと思います。
学童期|その場に合わせることに必死だった
学童期の自分を思い出すと、
「自分らしく」というより、
その場に合わせることに必死だったように思います。
周りの空気を読む。
怒られないようにする。
浮かないようにする。
求められていることを何とかこなす。
自分が何を感じているのか。
本当は何が嫌なのか。
何をしたいのか。
そうしたことをゆっくり考える余裕は、
あまりなかったように思います。
子どもの頃は、
環境を自分で選ぶことができません。
学校も、家も、人間関係も、
与えられた場所の中で過ごします。
その中で身につけたのは、
我慢することや、合わせることだったのかもしれません。
当時は、それが生きるために必要でした。
でも、大人になってからも同じ方法だけで生きようとすると、
苦しくなることがあります。
子どもの頃に自分を守った方法が、
今の自分にも合うとは限りません。
10代|自分の居場所を探していた
10代になると、
周りとの違いを強く意識するようになりました。
友人関係。
学校での立ち位置。
得意なことと苦手なこと。
周囲からどう見られているか。
自分がどこにいれば安心できるのか、
どんな人となら無理をしなくていいのか。
その答えを探していた時期だったと思います。
10代は、子どもでもなく、
完全な大人でもありません。
自分の考えを持ち始めても、
生活の多くは周囲の大人や環境に左右されます。
合わない場所から簡単に離れることもできず、
「自分の方がおかしいのではないか」と思いやすい時期でもあります。
今の自分から見ると、
あの頃の私は、答えがなかったのではなく、
自分に合う場所をまだ知らなかったのだと思います。
20代|社会の中で役割を持とうとしていた
20代は、
社会の中で自分の役割を持とうとしていた時期でした。
働くこと。
認められること。
大人として自立すること。
周囲に迷惑をかけないこと。
できるだけ普通に。
できるだけきちんと。
できるだけ人に頼らずに。
そんなふうに、
社会に自分を合わせようとしていたように思います。
20代の頃は、
頑張ることで前に進める場面も多くありました。
体力もあり、
無理をしても何とか回復できる。
だから、
「頑張ればできる」
「自分が我慢すれば済む」
という考え方が強くなったのかもしれません。
その時期には、その生き方が必要だったのだと思います。
でも、頑張ることを前提にした暮らしは、
環境や役割が変わると続かなくなることがあります。
30代|家庭を守ることが中心になり、自分が後回しになった
30代は、
家庭や子育てを優先することが増えた時期でした。
子どもの生活。
学校。
通院。
毎日の家事。
家族の予定。
これからのお金。
気づけば、自分の気持ちや体調は、
後回しになっていきました。
母親になると、
自分の時間より子どもの時間。
自分の不調より家族の予定。
自分の希望より家庭が回ること。
そう考える場面が増えます。
特に、発達特性のある子どもを育てていると、
一般的な家事や育児だけではなく、
学校や支援機関との連絡、感情のケア、予定変更への対応など、
目に見えない仕事も増えていきます。
当時の私は、
自分が立ち止まると家庭が止まるように感じていました。
だから、できるかどうかではなく、
やらなければならないから動いていました。
それも、その時期を生きるために必要だったのだと思います。
ただ、自分を後回しにする暮らしを続けていると、
いつか心と体がついてこなくなります。
40代|元の生活に戻すのではなく、今の自分に合う形へ組み直している
40代になった今、
私は暮らしをもう一度組み直している途中です。
離婚。
ひとり親としての生活。
発達障害のある姉妹の子育て。
不登校や学校との調整。
通院や福祉サービス。
仕事。
家計。
これからの学びや働き方。
以前の生活にそのまま戻ることはできません。
でも、戻る必要もないのだと思うようになりました。
壊れたものを元通りにするのではなく、
今の自分と子どもたちに合う形に組み直していく。
何を守るのか。
何をやめるのか。
誰に頼るのか。
どのくらい働くのか。
どんな支援を使うのか。
一つずつ考え直しています。
以前の私は、
無理を無理だと言えませんでした。
合わない環境でも、
自分が頑張れば何とかなると思っていました。
でも今は、
合わないものから離れることも、
暮らしを守るための選択だと思っています。
昔より弱くなったのではなく、
無理を続けた先に何があるのかを知ったのだと思います。
同じ人間でも、環境が変われば考え方は変わる
人は、意志の力だけで生きているわけではありません。
どこに住んでいるか。
誰と暮らしているか。
どのような仕事をしているか。
どんな人と関わっているか。
安心できる場所があるか。
助けを求められる相手がいるか。
環境によって、
自分の見え方も行動も大きく変わります。
安心できる環境では、
落ち着いて考えることができます。
否定される環境では、
自信を失い、自分の判断まで疑うようになります。
支えてくれる人と出会えば、
できなかったことに挑戦できることがあります。
反対に、合わない人間関係や働き方の中では、
本来できることまでできなくなることがあります。
だから、うまくいかないときに、
自分の努力だけを責めなくてもいい。
自分を変える前に、
環境を変えられないか考えることも必要です。
人との出会いによって、自分の考え方は変わっていった
これまでの人生で、
さまざまな人と出会ってきました。
自分のことを分かろうとしてくれた人。
子どものことを真剣に考えてくれた人。
違う価値観を教えてくれた人。
傷つく言葉を投げかけた人。
距離を置く必要があった人。
良い出会いだけではありません。
でも、どの出会いも、
自分が何を大切にしたいのかを考えるきっかけになりました。
発達特性のある子どもを育てていなければ、
出会わなかった人たちもいます。
学校、医療、福祉、相談支援、放課後等デイサービス。
大変なことが多い一方で、
それまで知らなかった価値観や生き方にも触れました。
失ったものがあるからこそ、
得たものもあります。
その時には意味が分からなかった出会いが、
何年か後になって自分の考え方を支えていることもあります。
昔の自分に合っていたものが、今は合わなくてもいい
働き方。
人間関係。
暮らし方。
価値観。
好きだったこと。
昔は合っていたものが、
今は苦しくなることがあります。
以前は長時間働けた。
以前は人に合わせられた。
以前は予定を詰めても動けた。
以前は多少無理をしても回復できた。
でも、年齢や家庭環境、体力、守るものが変われば、
合う方法も変わります。
昔できたことが、今できないからといって、
後退したわけではありません。
今の自分には、
別の条件が必要になったということです。
大切なのは、
昔の自分に戻ることではなく、今の自分に合う形を探すこと
だと思います。
合わなくなったものを、無理に持ち続けなくていい
一度選んだ仕事。
長く続いた人間関係。
昔からの習慣。
周囲に期待されている役割。
長く続けてきたものほど、
手放すことに罪悪感があります。
でも、合わなくなっているのに持ち続けると、
暮らし全体が重くなります。
変えることは、
過去の自分を否定することではありません。
その時は、その選択が必要だった。
でも、今は条件が変わった。
そう考えてもいいと思います。
今の自分に合わない働き方なら、
勤務時間や職場を見直す。
負担の大きい人間関係なら、
距離を調整する。
家庭だけで抱えきれないなら、
福祉サービスや支援者につなぐ。
暮らしを変えることは、
逃げではなく、続けるための調整です。
一度離れたものが、人生の別の時期にまた合うこともある
今は合わないものが、
ずっと合わないとは限りません。
昔好きだったこと。
途中で諦めた勉強。
離れてしまった仕事。
続けられなかった趣味。
距離ができた人。
その時は、時間がなかった。
余裕がなかった。
環境が合わなかった。
自分の準備ができていなかった。
でも、年齢や状況が変われば、
もう一度向き合えることがあります。
私自身も、
今になって資格の勉強や、
ブログでの発信、将来の働き方について考えています。
以前はできなかったことが、
今なら別の形でできるかもしれない。
反対に、今すぐできないことも、
今の自分に力がないからではなく、
まだ時期が合っていないだけかもしれません。
人生には、
いったん離れることが必要な時期もあります。
離れることと、完全に失うことは同じではありません。
振り返るのは、過去に戻るためではない
過去を振り返ると、
後悔が出てくることがあります。
あのとき、別の選択をしていれば。
もっと早く気づいていれば。
無理をしなければ。
自分の気持ちを大切にしていれば。
でも、その時の自分には、
今の自分が持っている知識も経験もありませんでした。
当時見えていた範囲で、
できることを選んでいたのだと思います。
振り返る目的は、
過去の自分を裁くことではありません。
あの時期には、何が必要だったのか。
何に苦しんでいたのか。
どんな環境なら少し楽だったのか。
何が今の自分につながっているのか。
それを知り、
今の暮らしを整える材料にすることです。

