メタ認知、情報の取捨選択。子どもや関係者との関わりの中で、少しずつ身につけてきた考え方

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子どものことを考えるとき、最初のころの私は、とにかく目の前の情報に振り回されやすかったと思います。

学校の先生の言葉。
支援者の意見。
病院で聞いたこと。
自分が家で見ている様子。
子ども本人の言葉。
きょうだいとの関係。
その全部が大事に思えて、どれも無視できませんでした。

でも実際には、情報が多いほど整理は難しくなります。
しかも、それぞれの立場によって見えているものが違うので、話が食い違うこともあります。

その中で少しずつ感じるようになったのは、必要なのは「正しい情報をひとつ見つけること」ではなく、
いくつもの情報をどう見て、どうつなぎ、どう重みづけするかなのだということでした。

今回は、メタ認知、情報の統合、取捨選択、重みづけについて、今までの経験や、子どもたち、先生、支援者、関係機関との関わりの中で気づいてきたことをまとめます。
答えの整理というより、私なりの考え方の記録です。

目次

目の前の困りごとだけを見ていると、全体が見えなくなることがある

子どもに困りごとがあると、どうしてもそのとき強く出ている問題に意識が集中します。

  • 学校でうまくいかなかったこと
  • 家で荒れていること
  • 友だちとのトラブル
  • 朝の支度が進まないこと
  • 受診や支援の場面でうまくいかないこと

どれも現実に大変なことです。
だから、その問題をどうにかしようとするのは自然なことだと思います。

でも、目の前の出来事に気持ちが引っ張られすぎると、
その子全体の状態や、少し前から続いている流れが見えにくくなることがありました。

今日は荒れている。
でも、その背景に疲れの蓄積があるのかもしれない。
学校での無理がたまっているのかもしれない。
きょうだいとの関係や、季節の変化が影響しているのかもしれない。

そう考えるようになってから、ひとつの出来事だけで全部を判断しないことが少しずつ大事になっていきました。

メタ認知は、自分を客観視する力というより、少し引いて全体を見ることなのかもしれない

メタ認知という言葉を聞くと、難しく感じることがあります。
でも私にとっては、
今起きていることの中に入り込みすぎず、少し引いて見ること
に近い感覚があります。

たとえば、子どもが荒れているとき、その場にいる親は強く感情が動きます。
不安になるし、焦るし、どうしてこうなるのかと思ってしまうこともあります。

そういうときに、

  • 今、自分はかなり焦っている
  • 子どもの状態に自分の気持ちが引っ張られている
  • 今日はこの出来事だけで全部を判断しそうになっている

と気づけるだけでも、少し見え方が変わることがあります。

私は、メタ認知というのは「いつも冷静でいること」ではなく、
自分が冷静ではいられなくなっていることに気づく力でもあるのだと思っています。

それができると、すぐに答えは出なくても、少し立ち止まることができます。
その「少し立ち止まれること」が、思っている以上に大事だと感じています。

子どものことは、一つの立場から見ただけではわからないことが多い

家で見ている子どもと、学校で見えている子どもは違うことがあります。
病院で話す子どもと、放課後や家で崩れている子どもも、同じようには見えません。

最初のころは、その違いに戸惑うことが多くありました。

  • 家ではとても大変なのに、外では落ち着いて見える
  • 学校では困りごとが大きいのに、家では静かに過ごしている
  • 先生の見立てと、親の感覚がずれる
  • 支援者の言葉が、今の実感としっくりこない

そういうことがあると、「いったい何が本当なのか」と混乱しやすいです。
でも今は、どれかが間違っているというより、
立場ごとに見えている一面が違うのだと思うようになりました。

だからこそ、家の様子だけ、学校の話だけ、専門家の意見だけで判断しないことが大事なのだと感じています。

情報の統合は、全部を同じ重さで並べることではなかった

たくさんの情報を集めれば整理できると思っていた時期がありました。
でも実際には、情報が増えるほど迷いやすくなることもありました。

その中で少しずつわかってきたのは、
情報の統合は、全部を同じ重さで並べることではないということでした。

たとえば、

  • 毎日見ている親だからわかること
  • 集団の中で見ている先生だからわかること
  • 専門的な視点から見ている支援者だからわかること
  • 子ども本人にしかわからない感覚

それぞれに価値があります。
でも、場面によって重みづけは変わってくるのだと思います。

家での困りごとがテーマなら、親が見ていることの重みは大きい。
学校での適応がテーマなら、先生の見立てが重要になる。
支援の方向性を考えるなら、専門家の視点が助けになる。

全部大事。
でも、いつも全部を同じ比重で扱う必要はない
そう思えるようになってから、少し整理しやすくなりました。

取捨選択は、冷たく切り捨てることではなく、今必要なものを見極めること

私はもともと、いろいろな情報を捨てるのが苦手です。
せっかく聞いたことだから無駄にしたくない。
あとで必要になるかもしれない。
誰かの意見を軽く扱いたくない。

そう思うと、全部持っておきたくなります。

でも、現実には、すべての情報をいつも同じように抱えることはできません。
親の頭にも時間にも限界があります。

その中で感じるようになったのは、
取捨選択は、誰かの意見を否定することではなく、
今の自分たちに必要なものを前に置くことなのだということでした。

今はこの情報を優先する。
これは大事だけれど、今すぐではない。
これは気になるけれど、わが家の状況には少し合わない。
そうやって置き場所を決めていくことが、必要なのだと思います。

重みづけができるようになると、情報に振り回されにくくなる

子どものことを考えていると、いろいろな人から言葉をもらいます。
それはありがたいことでもあるけれど、同時に、迷いを増やすこともあります。

「あの先生はこう言った」
「この支援者はこう言った」
「別の場所では違うことを言われた」

そういうときに、以前の私は、そのたびに大きく揺れていました。
でも今は、まず
その人はどの場面を見ているのか
その意見は何についての話なのか
を考えるようになりました。

  • 毎日の積み重ねを見ている意見なのか
  • 一場面だけを切り取った意見なのか
  • 支援の方向性についての意見なのか
  • その場の対処についての話なのか

そこを分けて考えるだけでも、言葉の受け取り方が変わってきます。

情報の重みづけが少しできるようになると、
「全部を真に受けて全部で悩む」ことが減っていくのだと思います。

子ども本人の言葉も大切だけれど、そのまま受け取るだけでは足りないこともある

子ども本人がどう感じているかは、とても大切です。
それは前提として、私はずっと大事にしたいと思っています。

ただ、実際には、子どもが自分の状態をそのまま言葉にできるとは限りません。
そのときの感情で強く言っていることもあるし、説明が難しいこともあります。

だから私は、本人の言葉を大切にしながらも、

  • その前後の様子
  • 体調や疲れ
  • 環境の変化
  • 繰り返し出ているパターン

も一緒に見ていく必要があると感じています。

本人の言葉を尊重することと、
その言葉だけで全体を判断することは、少し違うのだと思います。

ここでもやはり、統合と重みづけが必要になります。

情報を整理するには、記録が助けになることが多かった

私にとって、情報の統合や重みづけを助けてくれたのは、記録でした。

その場では大きな問題に思えたことも、少し時間が経って見返すと違って見えることがあります。
逆に、単発だと思っていたことが、実は繰り返されているパターンだと気づくこともあります。

記録といっても、大げさなものでなくてもよくて、

  • いつ
  • どこで
  • 何があったか
  • その前後に何があったか
  • どう対応したか

を簡単に残しておくだけでも、あとで見返したときに役立ちます。

記録があると、感情だけで振り返るのではなく、
少し事実に寄って考えやすくなると感じています。

私が少しずつ学んできたのは、「全部大事」の中で順番をつけることだった

今振り返ると、私が苦手だったのは、「どれも大事」に順番をつけることだったのかもしれません。

子どもの気持ちも大事。
先生の話も大事。
家での困りごとも大事。
支援者の見立ても大事。
きょうだいへの影響も大事。
親の限界も大事。

本当に、どれも大事です。
だから苦しくなるのだと思います。

でも、全部を同時に同じ強さで抱えることはできません。
だからこそ、その時々で、

  • 今いちばん優先することは何か
  • 今日は何を保留にするか
  • 今はどの情報を軸に考えるか

を決めていく必要があるのだと、少しずつ学んできました。

それは割り切りではなく、
暮らしを続けるための整理なのだと思っています。

まとめ

メタ認知、情報の統合、取捨選択、重みづけ。
どれも難しそうな言葉に見えるけれど、私にとっては、子どもや関係者との関わりの中で少しずつ身につけてきた、暮らしのための考え方でした。

今までの経験の中で感じてきたのは、次のようなことです。

  • 目の前の困りごとだけを見ていると全体が見えなくなることがある
  • メタ認知は、少し引いて全体を見る力でもある
  • 子どものことは一つの立場からだけではわからない
  • 情報の統合は、全部を同じ重さで並べることではない
  • 取捨選択は、今必要なものを前に置くことでもある
  • 重みづけができると、情報に振り回されにくくなる
  • 記録は、整理の助けになる

今でも迷うことはたくさんあります。
それでも、情報が多いことそのものより、
その情報をどう見て、どうつないで、どう優先するかのほうが大事なのだと感じています。

子どものことを考えるときも、支援を選ぶときも、関係者と話すときも、
これからも私は、すぐに答えを決めるより、少し引いて全体を見ることを大切にしていきたいです。

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