このブログは、暮らしや制度、家族との関係性について、一度立ち止まって見直すための記録です。
現実の中で迷いながら、どう考え直したかを整理して残しています。
今日は、次女の歯科通院の記録を書きます。
「歯医者に行けるかどうか」は、気合いではどうにもならない日があります。
とくに暴れてしまう子の場合、親の側も心身が削られて、「もう無理かもしれない」と思う瞬間が何度もあります。
それでも、障害歯科で少しずつ慣れていく中で、できたことが確かに増えてきました。
その変化を、わたし自身のためにも整理して残します。
歯科通院が本当に大変だった頃のこと
次女の歯科受診は、毎回「受診」というより、親子で耐える時間でした。
歯科に着く前から緊張が高まり、待合室に入った瞬間にスイッチが入ることもありました。
具体的には、こんなことがありました。
- 暴れて抵抗する
- わたし(母)を噛む
- 服を引っ張る
- 髪を引っ張る
- 暴言が出る
- 壁を叩く
- 待合室で寝転がって暴れる
「落ち着いて」「大丈夫」と声をかけても届かない。
本人の中では恐怖が限界で、体が先に反応しているように見えました。
そのたびに、わたしの中にはいろいろな感情が混ざりました。
申し訳なさ、焦り、怒り、恥ずかしさ、疲労。
そして、帰り道に必ず自己嫌悪が残りました。
「受診できるようにする」より先に必要だったこと
結論から言うと、次女の歯科通院は「診てもらうこと」より先に、
安心してその場にいられることが必要でした。
怖い場所に連れて行かれる、体を押さえられる、口を開けさせられる。
本人にとって歯科は、そういう経験の積み重ねになっていたのだと思います。
だから、わたしが考え直したのはここでした。
- 診察を成功させることがゴールではない
- その日できた「小さな一歩」を残す
- 暴れなかった日ではなく、戻れた日を数える
生活を整う方向へ戻すために、ここで「目標の置き方」を変えました。
障害歯科に切り替えて感じたこと
障害歯科は、いきなり治療を進めるより、
本人の状態や特性を踏まえて「慣れる」ことを大事にしてくれました。
こちらも、「一回で終わらせたい」「今日こそやらなきゃ」という焦りを、少しずつ下ろせました。
この“親の焦りが下がる”こと自体が、結果として次女の落ち着きにつながったと感じています。
視覚カードを使って「見通し」をつくる
次女にとって大きかったのは、先が見えないことでした。
何をされるのか分からない、いつ終わるのか分からない。
これが恐怖を増やしているように見えました。
そこで、視覚カードを使って「今日の流れ」を見える形にしました。
例:歯科受診の日のカード(シンプルでOK)
- 家を出る
- 歯科につく
- 待合室で座る
- 診察室に入る
- 椅子に座る(ここまででOKの日もある)
- 口を開ける(できたらすごい)
- 終わり
- 帰る
大事なのは、全部できる前提にしないことです。
「今日はここまででいい」を、最初から作っておきました。
スモールステップで「できた」を積み上げる
次女の場合、いきなり治療は無理でした。
だから、スモールステップで段階を刻みました。
段階の例(その子に合う形で)
- 歯科の建物に入れる
- 待合室にいられる(数分でもOK)
- 診察室に入れる
- 椅子に座れる
- 椅子を倒せる
- 口を少し開けられる
- 器具を見られる
- 器具が触れても大丈夫
- 短時間の処置ができる
この順番は固定ではありません。
行けたり行けなかったりを繰り返しながら、「戻る」を前提にしました。
できたことを褒める:褒める基準を“結果”から“過程”へ
わたしが意識して変えたのは、褒めるポイントです。
治療ができたかどうかだけで評価すると、親も子も苦しくなります。
だから、褒める基準を「過程」にしました。
- 建物に入れた
- 待合室で立て直せた
- 泣いたけど戻ってきた
- 椅子に座れた
- 口を少し開けられた
- 先生の話を聞く時間が増えた
次女の場合、「暴れなかった」より「戻れた」が大事でした。
暴れたとしても、途中で切り替えられたなら、それは成長です。
成長として感じたこと(小さくても確かな変化)
今でも、うまくいかない日はあります。
でも、以前と比べると変わったことがあります。
- 視覚カードで見通しがあると、崩れ方が小さくなった
- できない日でも、立て直しが早くなった
- わたし自身が「今日はここまででいい」と言えるようになった
- 次女が「終わり」を待てる時間が少し増えた
歯科通院は、次女にとって怖い体験であることは変わりません。
ただ、怖い中でも少しずつ“扱える”ようになってきた。
それが、今の成長だと思っています。
親の心構え:うまくいかない日を「失敗」にしない
歯科通院は、親も消耗します。
噛まれたり、髪を引っ張られたり、暴言を浴びたり。
身体的にも精神的にも、本当にしんどいです。
だから、わたしが自分に言い聞かせているのはこれです。
- 一回でできるようにしなくていい
- 暴れた日は「次の手順」を整える日
- 立て直し中でも通っているだけで十分
- 親の余裕が、子どもの余裕になる日がある
「頑張って連れて行ったのにできなかった」ではなく、
「今日も練習を積んだ」と扱うようにしています。
おわりに:歯科受診は、生活の再設計の一部だった
歯科通院は、ただの医療の話ではありませんでした。
次女の特性と向き合い、親子で立て直しを繰り返しながら、
暮らしの中に「戻れる仕組み」を作る時間でもありました。
視覚カードやスモールステップは、歯科のためだけではなく、
生活全体を整う方向へ戻す考え方にもつながっています。
