「もう無理かもしれない」
そう感じながらも、生活も育児も休めない。そんな日々を送っていませんか?
この記事では、発達障害のある子どもを育てる中で、ひとり親として心身が限界を迎えた私の体験をもとに、支援につながるまでのリアルなプロセスをお伝えします。
読むことで、「今のあなた」に必要なヒントや判断の視点が見つかるかもしれません。
結論:限界が来たときこそ「支援」を使っていい
子どもに発達障害があると、育児は単なる日常の繰り返しでは済まされません。
癇癪、登校しぶり、他害行動、不登校。目の前の課題に対応するうちに、いつの間にか自分の心身が崩れていたという方も多いのではないでしょうか。
結論から言うと、「限界まで頑張ること」よりも、「限界が来る前に支援を使うこと」の方が、長期的に見て家族全体の安定につながります。
その理由を、私自身の経験をもとにお話しします。
なぜ限界を迎えるまで動けなかったのか
私には、ASD・ADHD・LDを抱える長女と、ASD・ADHDの診断を受けた次女がいます。
どちらも特別支援学級に通っており、支援機関とも継続的に関わってきました。
しかし、日々の育児・学校との連絡・通院・福祉との調整を一手に引き受ける生活は、時間だけでなく心も身体も削っていくものでした。
特に昨年、次女の癇癪と他害が激化し、家族生活が成り立たなくなりました。
私自身も体調を悪化させ、育児継続が困難に。
それでも「親なんだから」「私しかいない」と、助けを求めることを先延ばしにしてしまったのです。
支援とつながるきっかけ——一時保護という選択
2024年11月、次女は児童相談所の判断で一時保護となりました。
当初は抵抗もありました。元夫から「母親の対応が悪い」と言われ、罪悪感に苛まれました。
しかし、母である私自身が倒れかけていたことを冷静に振り返ると、子どもたちの安全のためにも、一時的に距離を置く選択が必要だったのです。
この経験を通じて、「支援を使うのは諦めではなく、未来を守るための戦略」だと気づきました。
発達障害育児に必要なのは「分ける」「離れる」という視点
次女の一時保護中、家庭内は一時的に落ち着きました。
同時に、私自身の心と体にも「呼吸できる余白」が生まれたのを感じました。
2025年末、再び次女が小学校で激しく暴れ、再度一時保護となりました。
長女との関係が悪化していた中で、母である私が長女を蹴ってしまったという出来事もありました。
あの日、警察に相談したことで、「今のままでは誰も幸せになれない」と腹を括ることができました。
そして、次女と長女を物理的に分けるという判断をすることで、それぞれの安全とケアの必要性に向き合うことができました。
一人で抱えず、関係性を整理していく
私のように頼れる人が近くにいない家庭では、支援の使い方を“自分で設計する”必要があります。
現在は以下のような体制で支えてもらっています。
- 発達クリニック
- 相談支援
- 訪問看護
- 子ども家庭支援センター・児童相談所
- 放課後デイサービス
- 小学校特別支援学級
支援を「組み合わせて」「場面で分けて」使う。
これが今の私がやっとたどりついた育児の仕方です。
結論:限界は「ダメなこと」ではない。動き出すサイン
あなたが今、限界を感じているなら、それは「終わり」ではなく「次に進むためのサイン」です。
- 家庭を回すこと
- 子どもたちの安全を守ること
- 自分の心身を保つこと
この3つを同時にこなすのは、一人では不可能です。
支援を使うことは逃げではなく、むしろ家族を守るための強い選択だと思っています。
すぐに答えが出なくても構いません。
「立ち止まって考える」ことから始めてみてください。
あなたの育児と生活が、少しでも安心に近づきますように。
